Column
2026.1.13
量子コンピュータが拓く災害救助の新技術
技術顧問 小林 広明
皆さんは「量子コンピュータ」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。
現在のコンピュータは、0または1という二つの値を用いて情報を表現・処理・蓄積しています。一方、量子コンピュータは、量子状態による0と1の重ね合わせを利用して情報を表現・処理する点に大きな特徴があります。そのため、例えば多数の組み合わせの中から最適な解を見つける問題に対して、従来のコンピュータがすべての組み合わせを一つずつ調べる必要があるのに対し、量子コンピュータでは重ね合わせ状態を適切に制御することで、直接的に最適解を導き出せる可能性があります。
対象となる組み合わせの数が増えると、従来型コンピュータでは指数関数的に探索空間が膨らむ、いわゆる「組み合わせ爆発」が生じますが、量子コンピュータはこの問題を克服し得る次世代の情報処理技術として、大きな注目を集めています。
私たちは、こうした量子コンピュータの可能性に着目し、災害発生時に必要となるさまざまな最適化問題の解決に応用する研究開発を進めています。具体的には、大規模津波を引き起こす巨大地震が発生した際に、津波浸水が始まる前にできるだけ多くの人が安全に避難場所へ到達するための最適避難経路の導出や、津波浸水後に避難ビル等に取り残された人々を救命ボートで救出するための最適なボート経路、さらには救援物資の最適分配経路の算出に取り組んでいます(図1)。

図1システム全体構成
本稿では、その中でも、実際に高知市で実証実験を行った、量子技術を用いた救援物資の最適配送経路導出について紹介します。
量子コンピュータに問題を解かせるためには、まず解くべき問題を数理的に定式化する必要があります。本研究では、配送経路の総距離をできるだけ短くしつつ、必要な資源を各避難タワーに確実に分配することを目的としています。その際、単に距離を最小化するだけでなく、いくつかの制約条件を同時に考慮する必要があります。
具体的な制約条件としては、
・各ボートはあらかじめ定められた一つの経路で避難タワーを巡回すること
・すべての避難タワーには、必ず一台のボートが訪問すること
・緊急性の高い避難タワーが存在する場合には、その優先度を考慮したうえで全体の経路長を最小化すること
などが挙げられます。これらの最小化すべき項目と制約条件を一つの数式にまとめ、その値が最小となる解を量子コンピュータによって求めます。
得られた解の一例を図に示します。ここでは、高知市が作成した津波浸水時の救助計画書で指定された「エリア1」を対象に、5台のボートの最適経路が異なる色で示されています。丸数字は各避難タワーの訪問順序を表しており、四角で示された避難タワーは優先的に訪問すべき地点として設定されています。これらの地点については、許容される順序の範囲内で、優先的に訪問されるよう経路が決定されています(図2)。

図2 最適経路導出結果
私たちは、この計算結果を基に、11月12日に実際に高知市内で経路の確認を行いました。実証実験当日はもちろん津波浸水が発生していないため、乾いた道路上を、自転車を用いて導出された経路に沿って避難タワーを巡回し、評価を行いました(図3)。

図3 自転車にマウントした経路情報
乾燥した道路での移動であったため、本来は水没していれば通行可能な経路を迂回せざるを得ない場面もありましたが、それでもすべての経路が概ね想定どおり機能することを確認できました(図4)。一方で、実際に現地を移動してみると、ボート間の総移動距離の最小化は達成されているものの、個々のボートの移動距離には依然としてばらつきが残っていることが分かりました。ボート間の負担をより均等化するためには、その点を考慮した新たな定式化が必要であることを、「実際に汗をかいて」体感する結果となりました。この点は、今後の重要な課題です。

図4 ボート番号5番の経路とその訪問した避難ビル
以上、量子技術を用いた最適資源分配経路の導出と、その高知市における実証実験について紹介しました。今後は、さらなる性能向上を図り、デジタルツインの機能の一つとして社会実装へとつなげていきたいと考えています。最適避難経路の導出については、また別の機会にご紹介したいと思います。
